桑名の歴史 桑名城跡・九華公園
桜と金魚まつりで知られる桑名市民憩いの場「九華(きゅうか)公園」。実はこの公園、かつて「扇城」と讃えられた名城・桑名城の本丸跡・二の丸跡に造られています。今回は、開催中のイベント情報ではなく、この場所が城として歩んできた歴史のルーツをたどってみます。
本多忠勝が築いた「扇城」
桑名城は1601年(慶長6年)、初代桑名藩主・本多忠勝によって築かれました。本多忠勝は徳川四天王の一人に数えられる戦国武将で、家康を支え続けた功臣として知られています。
桑名城はかつて4層の天守閣と51もの櫓を備え、東海道と伊勢湾を望む要衝に築かれた名城で、その姿から「扇城」と讃えられました。天守閣は元禄時代の大火によって焼失し、以後再建されることはありませんでした。
忠勝はさらに、「慶長の町割り」と呼ばれる城下町の大改造を行った人物でもあります。城郭と居住区を堀で区切り、まちの中に東海道を通すなど、当時としては先進的な都市計画を実施し、現在の桑名の町の骨格を築きました。
城跡は公園へ、本丸には神社が
明治の廃城後、城の本丸跡・二の丸跡は「九華公園」として整備されました。面積は約7.20haにおよび、桜やつつじが植えられ、市民の憩いの場として親しまれています。
本丸跡には現在、「鎮国守国神社」が鎮座しています。この神社は、第5代桑名藩主・松平定綱と、寛政の改革で知られる松平定信を祀るお社です。かつての天守があった場所に、藩主を祀る神社が建てられているというのも、城の歴史を今に伝える興味深い点です。
今も残る石垣と、三の丸に立つ忠勝像
公園の北大手橋付近、堀川沿いには当時の石垣が今も残っています。また、堀川東岸(三之丸地内)には桑名城城壁の一部が現存しており、川口樋門から南大手橋まで約500mにわたって残るこの城壁は、市の文化財にも指定されています。積み石には乱積・野面はぎ・打込はぎといった複数の技法が用いられ、刻印が刻まれた石も見られるそうです。
九華公園の向かいにある柿安コミュニティパーク(桑名城三の丸跡)には、本多忠勝の銅像が建てられています。芝生広場の入口に立つこの像は、桑名城と城下町を築いた忠勝の功績を今に伝えています。
アクセス・見学情報
九華公園
- 住所:桑名市吉之丸5-1
- 電話:0594-21-9932
- 駐車場:なし
- 交通:長島温泉行きバス「田町」停下車、徒歩約5分
柿安コミュニティパーク(本多忠勝像・三の丸跡)
- 住所:桑名市吉之丸7番地
- 開放時間:春〜秋 9:00〜18:00 / 冬季 10:00〜17:00
- 駐車場:あり(普通車65台)
- 交通:「本町」バス停下車、徒歩約5分
豆知識:桜まつりと金魚まつり
九華公園では、毎年4月に「さくらまつり」、5月に「金魚まつり」が開催され、多くの市民で賑わいます。かつて名城として名を馳せた城跡が、今では四季の花や金魚を楽しむ市民の憩いの場になっている——そんな移り変わりも、桑名城跡・九華公園の魅力のひとつです。
まとめ
- 桑名城は1601年、初代藩主・本多忠勝が築城。4層の天守と51の櫓を持つ「扇城」だった
- 天守は元禄の大火で焼失し、以後再建されず
- 本多忠勝は「慶長の町割り」で城下町の骨格を築いた
- 本丸・二の丸跡は現在「九華公園」として整備され、市民の憩いの場に
- 本丸跡には鎮国守国神社(松平定綱・定信を祀る)が鎮座
- 堀川沿いの石垣や、三之丸に残る城壁(市文化財)が今もかつての姿を伝える
- 三の丸跡(柿安コミュニティパーク)には本多忠勝像が立つ
堀端に残る石垣を眺めながら、かつてここに「扇城」と呼ばれた名城があったことに思いを馳せてみてください。なお、さくらまつり・金魚まつりなど最新の開催情報は、桑名市観光サイト等でご確認ください。